テーハミング

「日韓戦だったら、どっち応援するの?」
数え切れないほどよくされた質問。

「いや、まあ韓国ですね」
いつもそうとだけ返すのだが、そんなこと聞くまでもないだろうと心の中ではつぶやいたりしている。
しかしよく考えると、国籍を変えてまで代表チームでプレイしている選手も最近では珍しくないのだし、気になる方がむしろ自然か。


6月18日(日)

FIFA W杯 ドイツ大会、韓国2戦目の相手は強豪フランス。
その日は大久保で同僚と観戦する約束をしたのだが、試合開始は翌朝の4時。
お酒を飲むのでバイクで行くわけにもいかず、終発近くの電車で移動、雀荘で時間をつぶそうと思った。

しかし雀荘がなかなか見つからない。
新宿まで行くしかないかと半ば諦めていたその時、ひとつの看板が目に入った。

「ふりーまぁじゃん ポン」

迷わずその方向に足を向け、ドアを開けると
レジに一番近い席に、僕が最も憧れ、尊敬するプロ雀士の須田良規さんが座っていた。
近代麻雀を読んで、須田プロが大久保の雀荘に勤務されているのは知っていたし、いつか行きたいと思っていた店だったので、うれしい偶然だった。

普段打っているより少しだけ高いレートに東風戦という不慣れな状況の中、なんとか財布の中身を減らすことなくゲームを終えた。

おしぼりを渡してくれた須田さんと、しばし立ち話をした。
これから韓国の応援に行くとだけ言って、僕は店を出た。

その日韓国はフランスを相手に引き分け、決勝トーナメント進出にまた一歩近づいた。


6月23日(金)

決勝トーナメント進出を懸けた一戦。
相手はスイス。
フランスがトーゴに勝つ確率が高いため、韓国は必ず勝たなければならない。

その日も朝の4時キックオフだったので、雀荘「ポン」に行った。
店に入るなり須田さんが声をかけてくれる。

「キムさんじゃないですかー」

新規の客を逃さないために店長が客の名前を覚えておくのは当然だし、僕はカタカナで名乗る時は「キム」ではなく「キン」と名乗っている。
しかしそんな事は微塵も気にならず、憧れの人の記憶に自分がいたという事が素直にうれしかった。

打ち始めて何ゲーム目だったかは覚えていないが、後ろで声がした。

「テーハミング」

声の主は須田さん。
「テーハなんとかって、何? それ」
同卓の常連らしき中年客が聞く。
「韓国を応援する時、言うんですよね? キムさん」
「はい、そうですね」

その応援を背に受けてか、僕は財布を少しだけ厚くし韓国料理店に向かった。

応援はドイツまで届かず、韓国はスイスに2-0で負けて予選リーグで姿を消した。
僕は「次はいつ麻雀が打てるのか」、そのことばかり考えていた。
[PR]
# by kimjiyoung | 2006-07-08 18:01 | 雑記・エッセイ | Comments(0)

血液型

どれほどインターネットが普及しようが、いくつのビルがそびえ立とうが、東京―大阪間の移動時間がいくら短縮されようが、
血液型と性格に関係性があると信じる人は後を絶たない。

ある人は僕にこう言った。
「チヨンさんのわがままなところ、まんまB型ですよね」

同じ人が僕にこう言った。
「チヨンさん細かいですよね。普通B型ってそうじゃないんだけどな」

なぜそうなるのだろうと、いつも考えてしまう自分がいる。
世の中には理解の出来ないことが山ほどある。
人に限って言えば、僕はほとんどの人の思考が理解できない。

その度に僕は
「幼子を殺す人のいる世の中なのに、そんな人がいても何も不思議ではないな」
こう考え、自分のすべきことに目を向けるようにしている。
[PR]
# by kimjiyoung | 2006-07-07 18:00 | 雑記・エッセイ | Comments(0)
ブログ。――

一昔前まではその意味を知らない人がほとんどだったように思うが、
最近ではあまりにありふれた言葉となった。

ブログを書くのは初めてだ。
もともと自己主張のとても強い性格で、人と会えばとにかくしゃべる。
学生の頃は作文を書くこと(正確にはそれを発表すること)も大好きだったが、
どうも流行りに流されるようで抵抗を感じていた。
また言葉とは、誰が言うかによってその意味が大きく変わるものだと思っている。
だから何の結果も残していない自分がギャーギャー喚き立てたところで、
その言葉の持つ意味などたかが知れているだろう。
それならそれに割く時間が無駄だと判断していた。

パソコンに向かう毎日。
色々な人の書くブログを目にする。
正直いってつまらないものばかりだ。
当然だが中には吸い込まれるような文章が書かれているものもある。
特にひとつ、まさに時間が過ぎることを忘れ、
他のことが手に付かなくなるほどのブログに出会った。
それがこのブログを始める大きな小さいきっかけとなった。

前述したが、残した結果の大きさによってその言葉の意味の大きさも変わる。
今自分の言葉が持つ意味は小さい。
とても小さいものだ。
ただこれから大きな結果を残していきたいと思っている自分にとって、
数年後「ちよんは昔こんな言葉を残していた」と言われるのも悪い気はしない。
世界的な舞台で活躍するスポーツ選手の、幼少時代の作文が公開されたりするあれだ。

本当のところ、そうなる自信はあまりない。
少なくとも何も知らなかった十代の頃に比べると、米粒にも満たないほどだ。
ただこのブログが、今これを読んでいるあなたにとってのひとつの楽しみになれたとしたら、
この喚きに割く時間も無駄ではなくなるかも知れない。
[PR]
# by kimjiyoung | 2006-07-06 17:59 | ちよんブログ関連 | Comments(0)