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親子

嫁と子供を連れて人と会うと、

「どっち似なの?」

と、聞かれることが多い。
いや、あんたはどう思うのかと。

かと思えば、

「二人を足して2で割った感じだね」

と、言われることも。
いや、わざわざ2で割らなくても足しっぱなしでよくない?
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by kimjiyoung | 2006-09-26 17:48 | 雑記・エッセイ | Comments(2)

ハムスターのポラ

先週の19日は弟の誕生日だった。
まだメールでおめでとうと言っただけだが、
今度改めてお祝いしようと思っている。

今日は弟との出来事について書いてみよう。――

僕は動物を飼ったことがない。
もちろん幼い頃に動物を飼いたいと親に言ったこともあるが、
「大変だからダメよ」の一言に「そうだよな、大変だもんな」と納得してしまうような子だった。

もう少し大きくなると、動物を飼っている人を見ていつも
「自分より先に死ぬのを知ってて、どうして飼うのだろう。
悲しむことを知っててどうして…」と思っていた。

当時小学生だった弟が、ある日ハムスターを買ってきた。
ハムスターの寿命は1~2年であることは知っていたので、
「こいつ1、2年後に悲しむことになるのにバカだな」と思った。

4人兄弟の末っ子はハムスターに“ポラ”と名づけ、
まさに弟のようにかわいがった。
(『ポラ』は朝鮮語で花吹雪や吹雪を表す単語の語尾から取った)

当然自分はかわいがるどころか、一度も触れさえしなかった。
かわいがった分悲しむことになる。
それが嫌だったからである。――

それからしばらくしてポラは著しく衰弱してきた。
弟も何ヶ月か経つとさすがに飽きが来たようで、
最初の頃ほどは世話をしなかったらしい。
それを後悔してか、死ぬ直前まで目ヤニを取り、
ブラッシングをしてあげていた。

数日後の朝、学校に行こうと家を出ると、
父が庭の土を掘り、その横には弟がポラを両手で包み込むように持って立っていた。

僕は学校に向かいながら、言いようの無い後悔の念に苛まれた。
ポラをかわいがらなかったことではない。
儚い命に愛を注ごうとする弟を、バカにしたことをだ。――

弟の誕生日を祝うとき、この話をしよう。
「兄貴、またその話かよ」と笑われるだろうが。
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by kimjiyoung | 2006-09-25 16:23 | 雑記・エッセイ | Comments(0)

実感

これがブログの更新が滞るタイミングか。
なるほど。
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by kimjiyoung | 2006-09-22 09:50 | 画像単発・つぶやき | Comments(0)

WHAT NEWS!?

こんなに気持ちよく晴れたのはどれくらい振りだろう。
今日は昔よく聴いたアルバム、ZIGGYの「WHAT NEWS!?」を聴きながら愛車にまたがり、山手通りに列をなす車群を通り抜けた。

d0082970_13131567.jpg僕は今パンクバンドでドラムを叩いているが、聴いてきた音楽は別のジャンルのものが多い。
ZIGGYもその中の一つで、高校生の頃よく聴いていた。
中期以降から参加しているJOEさんも好きなドラマーの一人だが、
それよりも森重樹一さんの創り出すメロディラインと歌声に耳を奪われた。



中でもこの「WHAT NEWS!?」は非常に思い入れが深く、
聴くとまるでタイムスリップしたかのような感覚に襲われる。

今バンドはアルバム制作の真っ最中。
作品が売れて欲しいのはもちろんだが、
一時的に聴いてすぐ忘れられるのではなく、
飽きるまで聴いたら思い出と共にしまわれ、
そしてまたしばらくしたら懐かしんでもらえる、
多くの人にとってそんな一枚になって欲しいと願うばかりである。
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by kimjiyoung | 2006-09-20 13:36 | バンド・音楽 | Comments(0)

ぼったくり

レストランなどに行った時、メニューを見ながら
「何この金額、ぼったくりだよ」という人がいる。
それならば頼まずに店を出ればいいだけなのに、
文句を言いながらしっかり食事を楽しむ。

遊園地や動物園、山の頂上などで売っている飲食物は高い。
資本主義社会である以上、当然のことだ。
そこでもまた「こんなの原価100円にもならないのに」と。
嫌なら買わなければいいし、飲食物の持ち込みも
禁止されていないにも関わらずだ。

以前にも似たようなことを書いたが、
そこには選択の自由がある。
その余地が残されている場合は「ぼったくり」とは言わない。

もしそこにサービスの提供がされていなければ、
「普通こういう所には売店のひとつぐらい作っておくもんだろ」
と、言うに違いない。

お金を払えば冷たい生ビールが飲める、
つまみも食事もひと通りそろっているのだから
感謝のひとつでも出来ないのだろうか。

まったく人間は傲慢で、自分本位な生き物だ。
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by kimjiyoung | 2006-09-12 18:19 | 雑記・エッセイ | Comments(0)
人は思い込み、錯覚する。
だがそれを認識できている人は少ないようだ。

例えば「ジャンケンは言いだしっぺが負ける」と言う。
なぜこの様な発想が生まれてしまうのか考えてみた。

AがB、C、Dの3人に、
「ジュースを賭けてジャンケンをしよう」と言いだした。
言うまでもなく負ける確率はそれぞれ1/4だ。

しかしB、C、Dが負けた場合はそのまま終っても、
Aが負けた場合は

「言い出したやつが負けた。それなら最初から自分で買いに行けばいいのに」
(A本人は『やらなきゃ良かった』)

と、思うはずだ。
そのため「言いだしっぺが負けた」という印象が残る。

1/4という確率は決して低くないため、しばしばそれが起こり
1/4が1/3や1/2にも感じてくるのだ。

これは学習能力に因り起こる現象だ。
人間は失敗を繰り返さないために、
結果から原因を探る本能がある。

曇っている日に傘を持たずに出かけると、
午後から雨が降り出し、濡れてしまった。
すると朝出かける時に空がどんよりしていれば、
雨に濡れた嫌な記憶がよみがえり、
「この前は曇っていたから雨が降るかも知れない。傘を持っていこう」となる。
学習能力がなければ午後から降る雨には対応することが出来ない。

しかし、朝曇っていても雨が降るとは限らないから
「傘を持って行った日に限って雨が降らない」と考えてしまう。
偶然を偶然と認識できていないのだ。

これが「ジャンケンは言いだしっぺが負ける」のメカニズム。
決してどうでもいい話などではない。
人間は授かった本能をコントロール出来る生き物であるべきだ。
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by kimjiyoung | 2006-09-08 18:06 | デジタル VS オカルト | Comments(0)
僕が初めて誰かと会う時に気を付けていることがある。
それは「一番最初に気付いたことを言わない」ということだ。

例えば金髪の外国人がとても流暢に日本語を話していたとする。
数え切れないほどの人に「日本語お上手ですね」と言われているはずである。

僕がその外国人の立場なら「そんなことないですよ」と言いながら、
『またそれかよ』と思ってしまうだろう。

だから敢えて他の人が気付かなそうなところを褒めたりして、
相手の潜在意識に『この人は何か違うな』という印象を与えようとしている。

実際に効果があるかどうかはわからないが。
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by kimjiyoung | 2006-09-06 13:49 | 雑記・エッセイ | Comments(4)

挨拶

日本で一番使われている挨拶言葉は何だろうか。
おそらく「お疲れ様」だろう。
「こんにちは」も「さようなら」も「もしもし」も使わず、
「お疲れ様」で代用してしまう。

ライブ会場でも、出演者やスタッフがすれ違うたびに
「お疲れ様です」を一日に何十回と口にするが、
僕はその場合、軽く会釈するだけにとどめている。

抵抗を感じるのは僕だけだろうか。
日本語には美しい挨拶言葉がたくさんあるのだから、
その状況に合わせて正しく使いたいものだ。
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by kimjiyoung | 2006-09-04 11:10 | 雑記・エッセイ | Comments(0)