ペットを擬人化する人たち

ペットを擬人化する人っているじゃないですか。

「ペット」じゃなくて「家族」
「飼ってる」んじゃなくて「一緒に住んでる」
「餌」じゃなくて「ごはん」
「オス」じゃなくて「男の子」
「メス」じゃなくて「女の子」

と他人の言ったことを訂正する。
どうもこういうのに昔から違和感を覚えてまして。


っていうのはね、動物を飼ってる人のほとんどが家畜扱いしていて、
でも自分はそうじゃないんだ、
動物だけど生き物として人間と同様に考えてるんだってことなら分からんでもないんですけど、
動物を飼ってる人はみんな同じように愛してるんじゃないんですか?
だったらペット、飼ってる、餌、オス、メスで別にいいでしょ。
自分がどう捉えようが勝手だけど、他人にその感覚を押し付けるのはなぜなのか。
誰と自分を区別してほしいんだろうか。

「ペット」を「家族」に訂正することで
自分が飼ってる動物に対しての愛情の大きさを表したいのかな。
でもそれは動物に対して表現してあげればいいことですよね。
なんで他人にアピールするのかな。
それって結局「動物を人と同じように愛してる私って素敵でしょ?」って意味だから、
むしろペットをアクセサリー的に扱ってることになるんじゃないかと思っちゃうんですよね。
違うのかな。

そもそも動物を動物として扱うのはだめで、人間と同じように扱うべきっていう思考が
「人間は動物より上」だと言ってることにならない?

差別しないってことはありのままを受け入れるってことなんですよ。
「ペットじゃなくて家族」っていうのは
「韓国人に見えないよ。日本で生まれ育ったなら日本人でいいじゃん」と同じで、
つまるところ相手の立場を無視してる。
差別意識が知らずに働いていて、更にそれが出ちゃってるとしか思えない。

犬と猫は
「本当は人間に生まれたかったから、あなたは自分を人間と同じように扱ってください」
と思ってるかな?
犬に生まれたなら犬として、猫に生まれたなら猫として生きて
死んでいきたいと思ってるんじゃないかな。
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by kimjiyoung | 2015-04-25 23:57 | 雑記・エッセイ | Comments(0)