肯定を否定と捉える人たち

何かを肯定する発言をすると、それに当てはまらない人が
「あ、自分はだめなんだ」と思ってしまうことがよくある。

先日もtwitterで「『子』の付く女性の名前が好き」、
「ルビなしで読める日本人らしい名前がいい」とつぶやいたら
やはりそんな反応があった。
見える反応が数件あったってことは、書きはせずともそう思ったって人はもっといるよね。

当たり前だけど、僕はそれに当てはまらない名前がだめだなんてひとことも言ってないし、
思ってもいません。
単純に純和風な名前って素敵だなと思ったし、
奇をてらった文字の使い方よりも素直に読めるほうが美しいと思ったからそう書いただけ。

まあそれに反応したのも親しい仲の人だけだったし、
ただの冗談だったと信じてるけど、
いちいちそんな捉え方されたら否定も肯定もできないわけだから、
自分の気持ちは何も言えなくなる。
それか「ルビなしで読める名前は好きだけど、そうじゃない名前もいいと思う!」と書かなきゃだめかい?
そんなの表現でも何でもなくて、もはや言う意味がない。

昔一緒に働いてた人に面談で言われて驚いたことがある。

「金さんって人前でよく社員を褒めるじゃないですか。
あれやめてほしいんですよね。自分がだめって言われてるように感じるんで」

これ。
そんな発想があるのかと驚きました。
「人前で叱るな」は分からんでもないけど、
(俺は叱ってもいいと思ってるけど、一般的にだめみたいだからやってないだけ)
褒めてもだめってマジですか。。。

しつこいようだけど俺はそんなこと感じたことも考えたこともない。
例えばある女性が「スポーツマンがタイプです」と言ってたら、
「俺はこの人のタイプじゃないんだな」とは思うけど否定されたって感覚はない。
「スポーツできない男は最悪」とでも言ってたらちょっと気ぃ悪いけど、
それでもその人がそう思ってるんだからしょうがないよね。

もっと言えばさ、もし否定に聞こえたとしようや。
それでもそれぐらいは受け入れたらよくない?
どこの誰が自分を100%好きになってくれるの?
好きじゃない所があって当然だし、
それ以外の所でもっと好かれてトータルプラスに持ってきゃいいじゃん。
スポーツマンがタイプって言われても、俺は運動神経以外にいい所たくさんあるもん。
そこで勝負かければ勝ち目はゼロじゃない。

部分的なマイナスを受け入れられないっていう感覚がある人は多いからね。
10人いたら8人に嫌われてもいいから2人に好かれたいって人は少ないじゃん?
誰かに嫌われるくらいなら誰にも好かれないほうがマシって人のほうが多いよね。
(言うまでもなく俺は前者ですが)
よく言ってるけど12勝5敗よりも6勝無敗のほうがカッコいいみたいなさ。
いやいや、倍勝ってるんだよ?
何回か負けてても別によくない?

twitterで反応した人たちも今これを読んでると思うけどさ、
俺あなたたちのこと好きですから。
しかもかなり好きだから。
その辺にいる名前に子が入っててルビなしで読める人より全然好き。
トータル断然プラスだから。

肯定は肯定、否定は否定としてきちんと受け止めることですね。
それが自信や成長につながるはずだから。
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by kimjiyoung | 2015-03-24 00:27 | 雑記・エッセイ | Comments(0)