「いいじゃん、日本人で」

初対面の人と話をする時、

「チヨンといいます。韓国人なので本名です。
生まれは神奈川で、韓国には二十歳ぐらいの頃に1年半だけ住んでました」

みたいな感じで自己紹介をすると、

「じゃあ日本人じゃん」
「いいじゃん、日本人で」

と言われることが結構あります。
それについて思うことを。


それを言っている人に悪気はないのでしょう。
僕を受け入れるつもりでそう言ってるのだと思うんですが、
「いいじゃん、日本人で」という言葉の裏には、
「韓国人だと受け入れづらいから、日本人になってよ」という、
迎合を求める意思が働いています。

「国なんて関係ないよ」

これも。
少なくとも僕にとってはそうじゃない。

僕は日本に生まれましたが、朝鮮学校で民族教育を受けて、
家ではキムチを食べて、どこへ行っても本名を名乗って、
堂々と朝鮮人、韓国人として生きてきました。
(国籍は2001年の渡韓以前は朝鮮、現在は韓国籍)
そういった僕のバックボーン、アイデンティティーを認めてもらったうえで仲良くしたいし、
そうじゃなきゃ意味がないわけです。

「こいつは何をまた小難しいこと言ってるんだ。
そんなことにこだわってないで、人間同士で付き合えばいいじゃないか」

そう思ってるあなた。
あなたはワールドカップで日本代表チームを応援しませんでしたか?

レベルの高いサッカー競技が見たいなら、チャンピオンズリーグを見ればいいはず。
なのにワールドカップのほうが断然盛り上がるのは、
国を背負って戦う選手たちを見て興奮し、力をもらい、
互いをたたえ合う姿に感動するからじゃないですか。
そういった帰属意識を人間は持っているものなんです。
つまり「国なんて関係ないよ」と言ってる人が、
「ワールドカップなんてくだらない。チャンピオンズリーグを見るべきだ」
と思ってるならまだ分かりますが、まあそんな人はいませんよね。
やはりよそ者を受け入れられないという意識を隠そうとするあまりに
矛盾が生じてしまっているわけです。

去年マレーシアに行ったんですが、
マレーシアは多民族国家で、人口2800万人のうち6割がマレー系、
3割が中国系、1割がインド系という割合。
現地っぽい顔と、俺らと変わらないような顔と、真っ黒なインド人の顔がいて、みんなマレーシア人。
国教はイスラム教で、仏教徒、ヒンドゥー教徒もいる。
ポルトガル、オランダ、イギリス、日本などの国の植民地だったこともあり、文化もごちゃまぜな感じ。
多民族、多宗教、多文化だから、人と違うことが当たり前で、
そこが日本とはまったく違うなと感じました。

そうはいっても、僕が日本で生まれ育ったことに違いはないし、兵役の義務もありません。
本国の朝鮮、韓国人との大きな違いはあります。
ただその部分では僕なりの考え方があって、
みんな「自分は何人なんだ?」、「どこに属してるんだ?」と考えがちだけどそうじゃなくて、
まず自分があって、自分の中に韓国があって、日本があって、朝鮮がある。
そしてその大きさや形は育った環境や考え方によってそれぞれ違うというだけ。
僕が民族として朝鮮人を、国籍として韓国人を名乗るのは、
自分の中にあるそれぞれの国のバランスがそうさせていると言えます。

日本の方の中には地元を愛し、大事にしてる方が多いですよね。
同じ日本人同士でそんな話をした時に
「いいじゃん、どこ出身でも」、「何県とか関係ないし」とは言わないでしょ?
そこには差別意識が働いていないからで、故郷を愛することに何の拒否感も覚えないからですよ。
繰り返すようですが、僕に「いいじゃん、日本人で」と言うのは
「だめじゃん、韓国人は」と言っているも同然なんです。

世の中にはいろいろな垣根があります。
そこに垣根があることを知っているのに見えないふりをしたり、手で覆ってしまうのは
ただのその場しのぎに過ぎないでしょう。
僕はそこから目を逸らさずそれを乗り越えたいと思ってますし、乗り越えられないならぶち壊したい。
相手を受け入れ、理解するとはそういうことだと僕は考えます。
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by kimjiyoung | 2014-06-28 08:16 | 雑記・エッセイ | Comments(0)

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